会社員として働く

【元プログラマー】デスマーチでうつ病になり退職。約2年で寛解し今は元気です

プログラマーやSE(システムエンジニア)はうつ病になる人が多い職業だと言われていますが、私も30代の時にうつ病になって退職しました。

原因は”デスマーチ”。

プロジェクト自体は何とか乗り切ったものの、その後いくら休んでも疲れが取れず、やる気も出ず、あらゆる事に対して踏ん張りがきかなくなっていました。

そのうち仕事を急に休む日が増え、訳もなく涙が溢れ、あらゆることに対してイライラするように。

そんなある日の朝、ついに体が動かなくなり「うつ状態」の診断書が出ました。

(ちなみに今現在は寛解しています。)

元プログラマーの体験談。デスマーチでうつ病になり退職しました

新卒で入社した会社で起こった不幸なこと

うつ病になった直接の原因はデスマーチです。

デスマーチとは、長時間の残業や徹夜・休日出勤の常態化といった、プロジェクトメンバーに極端な負荷・過重労働を強い、通常の勤務状態では成功する可能性がとても低いプロジェクト、およびこれに参加させられている状況を主に指す。

プロジェクトが死に向かう過酷な状況でプロジェクト要員が行進するという意味から、「デスマーチ」と呼ばれる。

引用:ウィキペディア

寛解した今冷静に振り返ってみると、デスマーチ以外にも負荷が掛かっていたと感じる事があります。

1.未経験でやる事になったプログラマー。向いていなかった

私は文系大卒で、事務職を希望していましたが配属されたのはIT系の部署。いわゆる「社内SE」として働くことになりました。

学生時代に趣味でWebサイトを作って運営していた経験があったからかも

OJT制度があったため、一年間は先輩が付いて仕事の仕方を学んでいくことになったのですが、私は未経験なのでプログラミングの勉強からスタート。

会社で主に使っているシステムを開発するための言語の勉強だったのですが、フロントエンド系だったのでプログラミング初心者でも比較的分かりやすかったんですね。

そして新人~若手の頃は比較的簡単な仕事を任されることが多いので、なんとかこなせていました。

「なんとか出来ていた」のが災いして、向いていないことに気づくのが遅れたんだよなぁ・・・

しかし、バックエンドでのプログラミングが求められるようになったり、業務が難しくなっていくにつれてプログラマーとしての素質のなさがどんどん炙り出されてきました。

でも当時は気づいていませんでした。単に自分の頭が悪いだけだと思っていたのです。

会社を辞めた今なら分かるよ。人には向き不向きがあるんだってこと!

コードが書けないことや劣等感からのストレスが日常的にあったので、デスマーチの時はプログラミングができる人以上に負荷が掛かっていたのだと思います。

2.会社の業績悪化による職場環境のブラック化

会社の主力商品が売れなくなってきて、職場環境がブラック化しました。

商品の売れ行きが良い時に次の一手を打っておくのが定石なのに、会社は時代の流れを読めなかったのか、読めていたけどどうにも出来なかったのか、新しい柱となる商品が生まれず・・・。

業績の悪化と比例して真綿を締めるように、ゆっくりゆっくりと職場環境がブラック化していきました。

住宅手当がなくなり、リストラがあり、上からは仕事の効率化を求められ、残業や出張は極力禁止されたのに仕事量は減るどころか増える。当然人手は足りない。

みんな余裕がなくて人間関係もギスギスですわぁ

最初どんなにホワイトな環境でも、会社は業績が悪くなるとブラック化します。

デスマーチを体験。疲れが取れず、やがて朝体が動かなくなった

デスマーチの時の労働時間は月300時間

パソコンでプログラミングをしている人の手の写真

デスマーチなプロジェクトに携わったのは20代後半の時でした。

そのプロジェクト担当はSEが1人、プログラマーが2人。どう考えてもプロジェクトに人が足りてない。他の社員は自分の仕事が終わったら19時、20時には帰宅していました(定時は18時です)。

たった3人で1~2か月くらい日付が変わる頃まで残業する日々が続きました。

正確なことは会社を辞めた今となっては分かりませんが、ひと月28日で計算すると約300時間働いていた可能性があります。

私はストレスが掛かると胃腸や肌に出るタイプなのですが、食欲が出ないのでご飯がロクに食べられず、味覚も無くなりました。肌は吹き出物だらけで酷かったです。

デスマーチのあと倒れるまでに出た体の異変

プロジェクトがひと段落したあと、休日どんなに寝て過ごしても疲れが取れませんでした。寝すぎが却ってよくないのかと思って運動をしてみた事もありますが、全くリフレッシュできず。

やる気が出てこず、気力もないので「あとちょっと頑張ろう」「ここが踏ん張り時だ」といったことが出来ず、文字通り仕事を頑張ることができません。

この時は、デスマーチのせいだと思い当たらなかったんだよなぁ

訳が分からないなりにも、上司に業務量を減らして欲しいと相談したことがあります。しかし、「今のあなたからは以前の様な努力を感じない。分かった、もう任せない」と冷ややかな対応でした。

今思うと上司も判断ミスしてるよなぁと思うのですが、デスマーチからだいぶ時間が経っていた気がするので、難しかったかも。。

それでも頑張って会社に来ていましたが、ちょこちょこ休む日が増えたあとにとうとう体が動かなくなりました。

病院で出た診断書には「うつ状態」と書かれていました。

もっと早く過労だって気づけば良かったんだけど、実際に過労状態になると冷静な判断ができないんだよね

2回の休職のあと退職を決意

1回目の休職~復職

落ち込んでいる女性の後ろ姿の写真

1回目の休職は1年半全部使い切りました。

初めての休職なので傷病手当金が出ました。この時は独り暮らしをしていたのですが、傷病手当金でなんとかなったため、実家には帰らず独り暮らしを継続。

最初のうちは夕方まで寝て過ごす日々でしたが、徐々に回復してくるに従ってリハビリを兼ねてできることをやるようになりました。

復職前の1か月は会社の計らいで慣らし期間を設けて頂けたので、時間通りに会社に行き、仕事はせずに定時になったら帰るということをしました。

その後、主治医と産業医の面談を経て正式に復職。

2回目の休職~退職

復職したはいいものの、約1年後に再び休職することになってしまいました。

  • プログラマーという頭脳労働の負荷が大きかった&しかも向いていない
  • 新しい産業医との相性が悪く、適応障害を発症

この時も私はまだ”プログラマーに向いていない”事に気づいていませんでした。今度は「うつになったから頭がうまく働かないんだ」という隠れ蓑があったためです・・・。

会社を辞めたことは後悔していないけど、この時気づいていれば部署移動の選択肢もあったなとは思う

そして、産業医が変わり、産業医との相性が悪いという不運も重なります。

産業医面談がとってもストレスでしたし、むしろ敵としか思えなかったので気づいたら適応障害を起こして会社に行けなくなりました。

医師、カウンセラー、産業医との相性って精神病の人には本当に大事。大げさでなく回復するかに関わってくる。

そして2度目の休職。

今度は傷病手当金は支給されないため金銭面での不安が強く、お金のストレスが治療の妨げになると感じたので独り暮らしを辞め、実家で療養開始。

さすがに2回目の休職なので退職も視野に入れて、今の会社に復職するのかどうかをずーっと考えていました。気持ち的には退職に傾いていたのですが、決断できなかったんですよね。。

医師やカウンセラーにも重要な決断は慎重にと言われていたしね

休職期間が残り半年くらいになった頃、復職に向けて会社との面談が設けられました。

しかし会社にいるだけで涙が溢れてきたので「ああ、もうこの会社には戻れないな」とはっきり悟り、退職を決意。

退職の意思や手続きは全部メール、郵送で済ませたよ。会社と関わるのがツライ人は無理して会社訪問しなくて大丈夫!
スマートフォンをいじる人の手のアップ写真
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退職したあと、うつ病が寛解!

31歳の時に9年勤めた会社を退職。

会社を辞めたあとは何をしていたのかと言うと、主に3つ。

  1. うつ病の治療
  2. ブログで生計を立てることを目標にひたすら作業
  3. 海外旅行、ゲームなど好きなこと

会社員の時は旅行日数が長くなるヨーロッパにはなかなか行けなかったので、ずっと行きたかったイタリア(+スペイン)、ドイツに行きました。

海外旅行のカテゴリもあるのでぜひ読んでください

会社を辞めて、2年くらい治療とブログ中心の生活をしているうちにうつ病が寛解

すると、あれだけ「もう会社員には戻りたくない」「もう会社員は無理だ」と思っていたのに「また会社員に戻れるかも」と思える様になりました。

心や体が良くなってきたことで将来のことを考える余裕が出てきて、選択肢が増えたよ

しかし、うつ病は「完治」ではなく「寛解」だと言われています。

「寛解」

病気の症状が一時的に軽くなったり,消えたりした状態です。このまま再発しないで,完全に治る可能性もあります。しかし,場合によっては再発する可能性もまだあるかもしれません。再発しないようによく様子を見ていただく必要があります。ですから,定期的に検査を受けたり,薬を飲んだりしてください

引用:「病院の言葉」を分かりやすくする提案

再発しないように気を付ける必要がありますし、うつ病になる前に比べてストレスに敏感になった、エネルギー容量が減ったなど後遺症のような物があるので以前と同じようにはいきません。

そのため、今現在は今後どんな働き方・生き方をしていくのが私にとってベストなのかを模索中です。

プログラマーやSEには絶対戻らないぞ!w

デスマーチや過労で倒れそうな人に伝えたいこと

辛い、苦しいなら倒れる前に見限る・逃げるのがベスト

倒れても案外なんとか生きていけるものですが、倒れない方が良いに決まっています

一度倒れると回復に時間もお金も掛かりますし、回復したとしても以前のような調子を取り戻せない可能性が高いです。

そうなると回復したあとの人生の選択肢も狭まりますし、時には諦めなければいけないことも出てきます。

でも倒れる前に職場を見限って離れることができれば、早いほど回復も早いですし、その分治療にお金も掛かりません。余計なハンデを一つ多く背負わなくて良い分、再就職先だって見つけやすいです。

倒れる前と後では何もかも違います。

会社を辞めても体や心さえ健康なら何とかなります。一度きりしかない人生ですから自分を大事にしてください。

  • 「会社を辞めたら周りに迷惑がかかる」
  • 「私が辞めたら仕事が回らなくなる」
  • 「今辞めたら根性がないと思われる」

とか考えなくて良いです。全て気のせいです。

そうやって自分を辛い環境に縛り付けようとしなくていいのです。会社はあなたが体を壊しても責任は取ってくれないのですから、必要以上に会社に従順にならなくて良いです。

退職するのは抵抗がある、条件が良いから今の会社に居たいなどの場合は休職でも大丈夫です。とにかく今すぐに休んでください。

休職制度があるなら利用すべし!一旦離れることで冷静になれることもあるよ

私はデスマーチを経験して倒れてしまいましたが、それでもブログで収入を得て何とかなっていますし、海外旅行に行ったりして楽しむことも出来ています。

こう言うとお気楽すぎる感はありますが、思ったよりも何とかなるし、途中で人生を離脱するのも悪くない感じがしませんか??

また、約2年掛かりましたがうつ病も寛解したので、また会社員に戻ることも考えられるようになりました。

会社を見限ることは冷酷なことではないし、逃げることは悪いことでも情けないことでもありません。

戦略的撤退であり、ちょっとした寄り道です。寄り道どころかもしかしたら本筋だったりする可能性もあります。

健康が一番。あなたが笑顔で居られる事が一番

もし、自分で退職を言い出せない場合は「退職代行サービス」を利用するといいですよ。

詳しくは下記の記事をご覧ください。

退職届を書く紙とペンの写真
おすすめ退職代行サービス2選。うつ病の人には最高のサービスなのでぜひ活用しましょう会社を辞めたいけどうつ病などで自分でやるのが難しい、ストレスがすごいというあなた。ならば退職代行サービスを利用するといいですよ。当記事ではおすすめの退職代行サービスを2つに絞って紹介していますので、どこを利用したらいいのか分からない方はどうぞご覧ください。...
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